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藝大リレーコラム - 第百回 上原彩子「今、思うこと」

連続コラム:藝大リレーコラム

連続コラム:藝大リレーコラム

第百回 上原彩子「今、思うこと」

 2026年4月、私の初めての大学生活が始まった。実のところ、私は学生として大学へ通った経験がないのである。今、毎日が新鮮なことの連続で、若い学生達のかもし出す活気と様々な感情がぶつかり合う空気に圧倒され、大きな刺激を感じる幸せな日々を過ごしている。

 私は、幼少期からヤマハ音楽教室で音楽全般に親しみ、10代初めに入ったヤマハマスタークラスで、モスクワ音楽院から招聘された故ヴェーラ?ゴルノスタエヴァ女史に出会い、本格的なピアノの勉強を開始した。彼女とのレッスンは、時には1人につき1日6時間にも及ぶ特別なもので、曲について細部に渡って一緒に検証するだけでなく、時代背景、文学や絵画との繋がりなど、様々な角度から曲を掘り下げていった。そのレッスンで彼女が見せた、曲への飽くなき探求心、作曲家や作品への大きな愛情は果てしなく、そして、彼女がいつも口にしていた「何十回と弾いた曲でも、必ず毎回新鮮な気持ちで演奏する事」、これは、私の中で今でも最も重要な演奏上の指針になっている。この実現のためには、常に新たな知識、感覚を求めて勉強の必要があるし、今の自分にプラスになる情報をキャッチできるアンテナを張りながら、日常的にアップデートすることが求められるのである。

 そして今、4月から藝大での生活が始まり、私にとってまだ未知の情報、感覚、知識がここには溢れている気がしてワクワクしている。それは、何も有益な資料を読み研究するというだけではなく、レッスンで接する学生一人一人の中にも、様々な素晴らしい音楽上のヒントが眠っていると感じている。自分とは違う世代の、考え方や感覚の違う人達と意見を交換し、音楽について一緒に考えていると、一人では気付かなかった事柄に数多く遭遇し、本当に嬉しくなる。これは、ベテランの先生方とお話している時も然り。私は、藝大の中で、今おおよそ中間の世代で、上からも下からも揉まれて、それをスポンジの様に吸収できればと思う。

 私やピアノ科の学生達が普段演奏する作品のほとんどは、過去に作られた作品。それを、過去で終わらせるのではなく、いかに現代に蘇らせ、生きた音楽として現代の人と共有できるかが、私達の仕事。それには、過去を吸収しつつ、今の時代をしっかりと生きていかなければいけない。そして、今の時代に新しい風を吹き込み、時代を動かしていくのは若い人達。その風が、きっと藝大にはあり、私はなんとかしてそれを感じ取りたいし、ついていきたいし、また、学生達がそれを各々のやり方で形にしていくお手伝いを少しでもできれば、嬉しい限りである。そして、藝大最後の日まで学生達についていける様、体力維持に努めなければと思う今日この頃である。

 

写真(トップ):1994年4月17日、ヴェーラ?ゴルノスタエヴァ先生とオーチャードホールの楽屋にて。

 


?武藤章

 

【プロフィール】

上原彩子(うえはら あやこ)

東京藝術大学音楽学部器楽科ピアノ 准教授

第12回チャイコフスキー国際コンクール ピアノ部門において、女性としてまた、日本人として史上初めての第一位を獲得。第18回新日鉄音楽賞フレッシュアーティスト賞受賞。
これまでに、ヤノフスキ、ノセダ、ルイージ、ラザレフ、ペトレンコ、小澤征爾、小林研一郎、尾高忠明、飯森範親、各氏等の指揮のもと、国内外のオーケストラのソリストとしての共演も多い。
2004年12月にはデュトワ指揮NHK交響楽団と共演し、2004年度ベスト?ソリストに選ばれた。CDはEMIクラシックスから3枚がワールドワイドで発売された他、キングレコードより「ラフマニノフ 13の前奏曲」「上原彩子のモーツァルト&チャイコフスキー」「デビュー20周年記念コンサート?ライヴ盤」等4枚がリリースされている。
東京藝術大学音楽学部准教授。令和4年度文化庁長官表彰受賞。